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М子さんは76歳になる女性のご利用者様です。
以前はお勤めしながら、会社の同僚・近所の知人の方とカラオケやダンス、習字、お子様が独立されるころには旅行など社交的に楽しそうに過ごしていらっしゃいました。
ところが5年前のある日、大腿骨を骨折。約半年間の入院中、日常会話から認知症状が表れ始めました。退院するも次第に物忘れがひどくなり電話等の対応が出来なくなりました。
ご主人様の声かけ中心の生活が始まりました。骨折する前まで続けていた習い事や妹との観劇は難しくなり、徐々に日常生活の全てに誰かの手を必要としなければならなくなりました。
ですがまだそのころは、M子さん3、ご主人様7で共同作業すれば日常生活や家事はできていました。ご主人様はそうやってМ子さんに懸命に寄り添ってらっしゃいました。
ゆっくり家事をしたりお散歩したり。生活にようやく新しいリズムができた2年前のある日、M子さんは自宅近くで転んでしまいます。その時の傷が悪化し再び歩行が難しくなり、ご主人様は熟考の末、要介護認定を申請しました。
認定が下りると週5日お昼と夜のヘルパーサービスと週3日のデイサービス、福祉用具(ベッドと車いす)のレンタルを利用することができました。それでも「介護していくのは私しかいない」と土曜、日曜日はご主人様がお世話しておられました。
在宅での介護はご家族がオペレーターであり、介助者であり、相談者です。介護保険制度の範囲でサービスが介護の全てを補うことはできません。24時間毎日付き添うという現実は高齢のご主人様を追い詰め、肉体的、精神的、経済的にと大きな負担をいくつも抱えてしまうことになりました。M子さん担当ケアマネから栗原ホームへ相談があったのはこの頃でした。
栗原ホーム相談員
「承知致しました。では短期入所(ショートステイ)の御利用を開始して
М子さんやご主人様の負担を少しでも軽減し、ご様子を見ながらゆくゆくは
本入所の方向へと検討していくのはいかがでしょうか?」
こうして栗原ホームでのショートステイが始まりました。一年前のことでした。ご主人様は実に4年間、認知症のM子さんとつきっきりで介護していらっしゃいました。
初めてお会いした時のМ子さんは声をかけても言葉を発せず、表情も乏しく顔色もあまりさえないご様子。そして臀部にはかなり大きくて深い褥瘡(床ずれ)がありました。
ご主人様
「よろしくお願いします。妻は以前はこんなんじゃなかったんです。
何でも自分でできました。でも今は私が代わりにいろいろやっているのに
ベットの柵を掴んで手を離さず全然言う事を聞かず協力してくれないんです。
そんな時はこちらもイライラしてしまって・・。つい。怒ってしまうことがあるんです。」
と、辛い胸の内を打ち明けて下さいました。
相談員
「お気持ちは良くわかります。大変でしたね。これからはお一人でかかえず、
当職員を含め皆で奥様を支えていくので安心してくださいね。」
ご主人様
「ありがとうございます。それからおしりの傷もこんなになってしまって・・
大丈夫でしょうか。私にはどうもうまく処置ができなくて。
1日1回手当てをするように病院から言われているんですが・・」
以前お医者様から『褥瘡は病気ではないから家で養生しなさい』と言われ、ご主人様は自宅でできる限りの処置をしていたのですがなかなか治らなかったのだそうです。
相談員
「そうですか。それでは奥様の休まれるベッドのマットレスは
エアーマットといって褥瘡予防に適したものを使いましょう。
傷をこちらの看護師と一度確認させていただきます。」
ご主人様
「よろしくお願いします。」
確認した褥瘡はかなり大きく深くなっていました。
看護師
「これはかなり大きいので1日1回の処置ではなかなか良くならないかもしれません」
ご主人様
「そうですか・・実は家でやる手当ての仕方も私にはよくわからず。
上手くできないんですよ・・やっても全然良くならないし・・」
看護師
「そうですね。褥瘡は手当てだけではなく、栄養もしっかりとってこまめに
身体の向きを変えるなど血流を良くしていくことも必要です。
大きければ大きいほどすぐには治らないものなのでこれ以上大きく
しないように気をつけてあせらずしっかりと治していきましょう。
よかったら手当ての様子ご覧になりますか?」
ご主人様
「はい。よろしくお願いします。」
看護師とケアワーカー対応のもと相談員とご主人が様子を見守ることになりました。
ご主人様
「いやースゴイ!ありがとうございます。私にできるかどうか・・
でも今度 家でもやるようにしてみます。」
褥瘡は看護師とリーダー、職員 皆で話しあいショートステイ中の処置は1日1回の処置を朝と夕2回にしていくことに決めました。
数日後のある日、ショートステイ中の奥様に面会に来られたご主人様はМ子さんのご様子を心配そうにのぞかれ、静かに休んでおられるМ子さんの顔を見ると、こうおっしゃいました。
ご主人様
「実は、妻がこんなになってしまって何も話さず何もわからず言う事を聞かないと
こちらもつい怒ってしまい手を挙げてしまうことがあるんです。」
職員
「そうですか、お気持ちわかりますよ。
ご自宅での介護は介護する方の負担が大きければ大きいほど
そのようなお気持ちと皆さん隣り合わせでいるのではないでしょうか」
看護師
「それに奥様は何もわからなくなってしまったという事はありませんよ。
耳も聞こえるし目も見えている。言葉が出ないだけでご主人様や
私達のことをちゃんとわかっていらっしゃるんですよ」
ご主人様
「・・・」(驚いた様子)
看護師
「だからご主人様や私達の表情や声かけ、口調なども
ちゃんと感じとられているんです。あせらず介護していきましょう」
そんな言葉にご主人様はほっとしたご様子でした。
ショートステイやデイサービスを利用しても生活を変えられることはなかなかに難しくご主人様の肉体的、精神的負担は益々大きくなってしまわれたようです。関係各所検討の末、早急の本入所となりました。
特養入所の日、ご主人様からこんな声が聞かれました。
ご主人様
「もう、妻とはこれで離れて生活することになりますがこれからも私は
自分の出来る事で妻に関わり皆さんと一緒に協力していきたいと
思っているのですが何か私にできる事はありませんか?」
相談員
「そうですか。それではご都合のつく時にお食事の介助へいらして
いただくのはどうでしょう。こちらも助かります。」
ご主人様
「わかりました。そうします!」
それからというもの毎日のようにМ子さんのお食事の介助にいらしていただくようになりました。いらっしゃる際には果物等を持ってこられМ子さんの口へ運んでいられることもあります。
食事が終わるとしばらくМ子さんに話しかけ肩や足をマッサージしていらっしゃる姿も。またあるときはМ子さんのお好きだったという歌のテープを持ってこられたり、ラジオを耳元で流したり。
それから数ヶ月、表情のなかったМ子さんは、今では職員の声かけやケアに首を振ったりうなずいたりなさるようになり、表情にも変化がみられるようになりました。
そうそう。あの大きな褥瘡も1日2回の処置と食事をしっかり食べていただくようにすすめ、日中に限らず夜間も24時間交替で職員が身体の向きを変えたり、タッピング等を行い対応した結果みるみる小さくなったのです。かかりつけのお医者様にも「信じられない!本当に良くなりましたね。」とお褒めの言葉を頂いたほどです。私達も本当に嬉しかった。
特養は決して閉鎖的なところではありません。もし入所することに負い目を感じることがあるのでしたら、我が家に一部屋増えたんだなとお考えください。M子様のようにケアワーカーと相談しながらご家族様も一緒に介護していくこともできます。入所とは、ご本人様とご家族様が少しでも多くの時間を穏やかに幸せに過ごしていただくためのご英断だと思います。
一緒に考えていきましょう。お一人お一人の幸せの為に・・・。